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小泉八雲の怪談えほん

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因果ばなし

小泉八雲 原作
円城塔 翻訳
中川学 絵
東雅夫 編

だいみょうの つまが しにかけていた
てを つくしたが もう たすかりそうにない

「さいごに ひとつ おねがいが あります」

「ゆきこを ここへ つれてきては
くださいませんか」

「ああ ゆきこ
わたしが しねば あなたが
あらたな つまとなります」

「さいごに にわの さくらを
いっしょに みては
もらえませんか」

「にわまで せおってやるが よい」

ああ うれしや

つまは そのまま
しんでしまった

ふしぎなことに どうしても
したいを はなすことが できない

タイトルの「因果話(いんがばなし)」とは、仏説の因果応報(前世の行いの結果として、現在の幸・不幸があるとする考え方)にまつわる話題を題材にした物語のことで、因果物語ともいわれます。
この作品では、死を目前にした正室の嫉妬によって、過酷で悲惨な運命に見舞われることになる「雪子(ゆきこ)」の姿に、因果の理が体現されているといえるでしょう。

伯円(はくえん)による原話では、この因果応報観が強調されていて、何やら曰くありげな尼僧の身の上話として語られていますが、八雲版はこうした話の前フリ的なくだりをすべて捨て去り、いきなり「大名の奥方が死に瀕していた」と核心に踏み込んだ始まり方をしています。
伝説に基づく再話作家としての八雲の成長ぶりを窺わせる書き方をいえるでしょう。

<因果の物語の意。
「因果」は邪悪なカルマ、つまり前世で犯した罪の邪悪な報いをさす日本の仏教用語である。
この物語の奇妙なタイトルは以下の仏説をふまえたものである。
仏教では、死者が生者に危害を加える力を持つのは、その相手が前世で悪行をは働いたことに対する報いとしての場合のみだとされる。
この話は同じ題で怪談集『百物語』に収められている>
東雅夫

ゆうれい だきの でんせつ

小泉八雲 原作
田辺青蛙 翻訳
朱華 絵
東雅夫 編

むらはずれに
ゆうれいだきという
たきが あった。

あさとりの おんなたちが
いろりばたで かいだんを かたりあっていた。

かいだんも あらかた つきたころ、ろうばが
これから ひとりで
ゆうれいだきに いくものか いたら
すべての あさを あげよう といった。

みなが かおを、みあわせるなか
おかつが あたしが いくよと たちあがった。

やみの なかで たきが、

ぼんやりと ひかって みえた。

さいせんばこに はしりよって、おかつは もちあげようとした。

「おい、おかつ!」

とどろく たきの うえから
ふいに こえが した。

・・・・・

「幽霊滝の伝説」は、『怪談』と並び、八雲が晩年に遺した傑作再話物語集『骨董』に収録されている作品です。

貧しい農家の女性たちが、凍えるような冬の晩、麻取小屋(衣服の素材となる「麻糸」を紡ぐために設けられた小屋。麻取は老若の女性たちの内職でした)に置かれた火鉢の前に身を寄せ合い、血も凍る怪談話に興じるという「百物語」さながらの光景(それは八雲自身と妻セツの得がたい娯楽のひとときでもあったのです!)に始まり、不吉な伝承の伝わる村はずれの「滝大明神(たきだいみょうじん)」の社殿まで行って、賽銭箱を持って帰る勇気ある女性に、その晩、女たちが取った麻を、すべて褒美に与えようという提案。

その誘いに乗り、二歳の我が子を背負い滝へ向かった「お勝」が見舞われる、世にも怖ろしい運命・・・・・。

幕切れ近くの「あら、血が」という一節に始まる凄惨なシーンは、たいそうショッキングですが、八雲はすでに、来日後の第一作『知られぬ日本の面影』所収の「小豆磨ぎ橋」に、タブーを犯した豪胆な侍が、超自然の報復として、愛児の命を奪われるという類似の物語を記しています。
東雅夫

小泉八雲とは?

小泉八雲(こいずみやくも)こと英国名パトリック・ラフカディオ・ハーンは、1850(嘉永三)年6月27日、ギリシャのイオニア諸島の一つレフカダ島に生まれました。

アイルランド人軍医の父とギリシャ人の母の次男でした。

生後ほどなく父の実家があるダブリンに母と移住しますが、やがて両親が離婚。

ラフカディオは祖母の妹にあたる実業家サラ・ブレナンの屋敷で養育されることに、寄宿学校で英語とフランス語に習熟しますが、校庭で左眼を失明する事故に遭いました。

ブレナン夫人の破産により、移民として単身米国に渡ったハーンは、新聞記者、文芸評論家として実績をあげ、西インド諸島滞在を経て、1890(明治23)年4月4日、来日を果たします。

古き良き伝統を大切にする日本の風土に魅了されたハーンは、大学講師のかたわら独自の日本研究に邁進。

セツ夫人との結婚を機に「小泉八雲」と改名して帰化。

『怪談』『骨董』ほか数々の名著を著しました。

1904(明治37)年、心臓発作で死去。
享年53。

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