ユキエとくま
アリーチェ・ケッレル 文
はせがわ まき 絵
関口英子 訳
わたしが 生まれたのは、
くま送り があった 晩のこと。
フチは 毎晩うたった。
ある晩は ふくろう、ある晩は 野うさぎの声音で。
かえるや おおかみの声音のこともあった。
お茶の湯気と たきぎの煙が たちこめた部屋で、
村の男の人女の人が、みんな あつまって、それを きいていた。
けれども、くまの歌は いつだって、わたしのために うたわれていた。
フチが アイヌの言葉で村の言い伝えを うたうあいだ、わたしは目をとじ、
朝、小川の つめたい小石のうえを はしったことや、
雪のしたから顔をだす 春いちばんの草花のことを 思いだしていた。
こおりつくような山影にある村や、たかく そびえる木、
昼に するどい声を ひびかせる はやぶさや、夜には ホーホーと なく ふくろう、
足あとをたどっても、けっして すがたを見せない きつね。
そして、なにより くまのことを 思っていた。
わたしと いっしょにいた小さな くまのことを。
*くま送り:くまの魂を神の国へ送りかえす祭り
*フチ:アイヌ語で「おばあさん」の意
*お茶:エント(シソ科のナギナタコウジュ)という野草をお茶としていた
